福岡高等裁判所 平成9年(ラ)33号 決定 1997年4月22日
抗告人
東海実業株式会社
右代表者代表取締役
岡本明久
右代理人弁護士
住田定夫
相手方
株式会社カサセンシグマ信用
右代表者代表取締役
千葉彰弘
右代理人弁護士
吉田雄策
主文
一 原決定を取り消す。
二 相手方の本件破産申立を棄却する。
三 訴訟費用は、差戻前の分も含め、第一、二審とも相手方の負担とする。
理由
一 抗告人は、主文第一、二項と同旨の裁判を求め、その理由として、「抗告人に破産原因としての支払不能の事実が認められるとした原決定の事実認定は誤りであり、抗告人に破産原因としての支払不能の事実はない。また、相手方は、本件破産申立の根拠たる債権につき株式会社三和銀行(以下「三和銀行」という。)に質権を設定しており、右債権につき取立等の処分をすることができないところ、破産は、債権の取立手続であって、結果的に債権の処分を招来するものであるから、相手方には破産申立権がないというべきであり、そうでないとしても、相手方の本件破産申立の目的、申立に至る経過、申立後の行為等によれば右申立は権利の濫用であって許されず、これらの点からしても、原決定は不当である。」と主張する。
二 当裁判所の判断
1 事件の経過
記録によれば、次の事実が認められる。
相手方は、平成六年一二月二六日福岡地方裁判所小倉支部に対し、抗告人が債務超過の状態にあることを理由として抗告人に対する破産の申立をしたところ、同裁判所は平成八年三月二六日、申立棄却の決定(以下「第一次原決定」という。)をし、これに対し相手方が即時抗告し、福岡高等裁判所は、抗告人が債務超過の状態にあると判断して、第一次原決定を取り消したうえ、事件を原審に差し戻す旨の決定(以下「差戻決定」という。)をした。その後相手方は破産原因として支払不能及び支払停止の事実を追加的に主張したところ、原審は平成九年一月一七日午前一〇時、抗告人につき債務超過の事実は認められないが、支払不能の事実が認められるとして抗告人に対する破産決定(以下「本件原決定」という。)をし、これに対し、抗告人は同日本件即時抗告を申立てた。
2 債務超過について
当裁判所も、抗告人は債務超過の状態にはないと判断するが、その理由は、本件原決定の「理由」の「一 事案の概要」から「二 債務超過の有無」まで(原決定一枚目裏七行目から六枚目裏一〇行目まで)のとおりであるから、これを引用する。
なお、前記1のとおり、差戻決定は、第一次原決定を取り消し、本件を原審に差戻すに当たり、抗告人は債務超過の状態にあると判断しているから、右判断は、裁判所法四条により、その後に本件を審理判断する裁判所を拘束するが、記録によれば、原審は、右差戻後に、抗告人の申出に基づき、継続企業価値を基準とした抗告人の資産・負債の額につき、新たに鑑定を採用し、右鑑定結果(以下「川辺・藤原鑑定結果」という。)と既出の資料(鑑定人秀島義則の鑑定結果を含む。)を総合的に考慮したうえ、川辺・藤原鑑定結果中の継続企業価額についての部分を重視して、抗告人につき債務超過の事実が認められないと判断したことが認められ、右によれば、原審は差戻後の新証拠に基づき差戻決定と異なる判断に達したものであるから、右判断が差戻決定の判断の拘束力に反するとはいえない。
3 支払不能又は支払停止について
記録によれば、抗告人は、前記認定のとおり、平成七年一一月二七日時点で既に三和銀行に対し元本二億二〇〇〇万円、利息七億七二〇四万円余の遅滞を生じていたところ、その後、同年一二月から毎月八〇〇万円宛て、平成八年九月に二〇〇〇万円、同年一〇月以降も毎月九〇〇万円宛て(なお、平成九年一月以降は毎月一〇〇〇万円宛て支払う予定である。)を返済し続けており、三和銀行はこれらをすべて元本に充当している(その結果、本件貸金の平成八年一二月二〇日現在の残元本は一八億八〇〇〇万円にまで減少している。)ことが認められるところ、相手方は、抗告人が本件貸金債権につき、現段階においても右程度の支払しかできず、そのことを相手方や質権者である三和銀行に対し表明すること自体、抗告人が支払不能及び支払停止の状態にあることを示すものと主張する。
しかし、記録によれば、次の事実が認められる。
相手方は、前記のとおり、平成三年七月二日、本件貸金債権につき三和銀行に対し質権を設定したが、右質権の被担保債務である同銀行に対する借入残債務は約一四九億円であり、右質権設定契約上、同銀行は本件貸金債権を任意の方法により取立てることができるものとされているところ、同銀行は、抗告人からの前記返済金をすべて本件貸金債権の元本に充当し、逐次元本は減少しつつあり、相手方は、同銀行の右元本充当措置を承認している。また、同銀行は本件審理中も抗告人と返済方法等につき交渉を続けており、現時点では担保物件に対する競売申立も強制的な履行の請求も行っておらず、相手方の本件申立を積極的に支持しているとは窺えない。
他方、相手方は、平成元年に貸金業を目的として設立された会社であるが、バブル経済破綻後資金繰りが悪化し、平成四年一月末以降金融機関への利息の支払を停止し、現在、金融機関に対する借入残債務は約一三五〇億円であって、約二〇〇億円の貸付金の回収及び担保物件の処分を考慮しても、三和銀行に対する前記債務を含め借入残債務に対する返済の目途はたっておらず、従って、相手方が前記質権を消滅させて本件貸金債権の取立権限を回復することは困難と思われる。
以上の事実及び前記2の事実によれば、抗告人は、本件貸金債権について、期限の利益を喪失しながらも、質権者として取立権限を有する三和銀行から事実上の弁済期の猶予を得たうえ、同銀行に対し、営業利益の中から平成七年一二月以降毎月八〇〇万円以上の支払をし、これを元本に充当してもらうことにより元本額を逐次減少させつつあり、現時点において債務完済の可能性がないとはいえないことが認められ、このことと、抗告人が相手方以外の債権者らに対しても営業利益の中から適宜支払を続けていること、これらの者が強制的な債務の履行を求め、あるいは抗告人の破産を望んでいるとは窺われず、むしろ相手方以外の大口債権者の中には積極的に抗告人の営業継続を支援している者もいること、相手方は本件申立当初は破産原因として支払不能ないし支払停止の事実を主張しておらず、これを追加的に主張したのは差戻後の平成八年一〇月九日であったこと(以上の事実は記録により認められる。)並びに川辺・藤原鑑定結果に照らすと、現時点において抗告人が支払不能又は支払停止の状態にあると認めることはできない。
4 以上のとおり、相手方の本件破産申立は、破産原因を認めるに足りないので理由がない。
三 結論
よって、右と異なる本件原決定を取り消して相手方の本件破産申立を棄却し、訴訟費用は差戻前の分も含め第一、二審とも相手方に負担させることとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 稲田輝明 裁判官 田中哲郎 裁判官 野尻純夫)